昭和49年1月24日  朝のご理解


X御理解第78節
「神の気感にかのうた氏子が少ない、身代と人間と壮健とが揃うて三代続いたら、家柄人筋となって、これが神の気感にかのうたのじゃ、神の気感にかなわぬと身代もあり力もあるが壮健にない、壮健で賢うても身代を満たす事があり、又大切のものが死んで身代を残して子孫を断ってしまう、神のおかげを知らぬから、互い違いになるのじゃ信心して神の大恩を知れば、無事壮健で子孫も続き、身代と人間と壮健も出来、一年勝り代勝りのおかげを受けることができるぞ。」


  私共が恩を感じる時、どうかしてそれに報いなければ済まないという心が起きて参ります。これは対人間のためにも思うでしょう、いついつあそこに大変なお世話になった、本当にあの時はああゆう風に助けてもらった、この恩は一生忘れられない、あの時うれしかったことは本当に忘れられない、いつか何か機会があったらそれに報いなければ済まんとゆうこと、報いなければとゆううことが皆さん起こるでしょう、もう本当に苦しいときに助けてもらうとゆうことはね、本当にうれしいものです、しかもそれが忘れられない、何かいつかどうかとゆう機会ができたらそのご恩に報いたい、返したい  そしてそれがいっぺんかえしたからとゆうてそれで済むとゆうものではない,一生忘れられない、これはまあ、常識として対人間関係のことを思われたらいいです、
  成程最後のところに、神の大恩をしれば、無事達者で子孫も続き身代もでき一年勝り代勝りのおかげを受けることができるぞと、あるとゆううことがわかるです、
  神の大恩が本当にわかったら、ゆうなら、天地の大恩が本当にわかったら、その天地の大恩に、いかにもして報いなければおられない、とゆう心、その心が、恩がわかればわかるほど猛烈になってくる、ですからこれは、いわゆる、報謝の心分は。薪物ばっかりですから、薪物を車力に積んで、もっていきましたけど、こげな薪物では、人間が焼けるもんかい、どこか、割木を探してきなさいと、こう、言うう、それで、又帰って、あちこち言うけれど、なかなか、そのころ、割木は手に入りません。  樺目の分限者に、井上さんとゆう、お家がありました、家の周囲は、割木でいっぱい積んである、昔はあんな、お家がありましたですね、
  ですから、日頃は、大してお付き合いもないのですけれども、背に、腹は替えられぬ、そこに、相談にまいりました。そしたら、もう、それこそ、一も二もなく、さあ、どうぞ、と言うて、別けていただいた。もう、その時の嬉しかったこと、今に忘れられません。おそらく、私は、一生忘れないでしょう。そして、先方は、大変な分限者ですから金やら物やらでどうとゆうことはないのですけれども、いつも、私の祈りの中に、それが、なにか祈らなければおられないものを感じます。

  私は、何か、何かがあったら、お返しせねばならん。あの時、これはもういよいよ強ようなるばかりです、本当に苦しいときに助けて貰う親切にしてもらう、忘れられない、何かそういう、例えば体験を、例えばいろんな意味で皆さんもお持ちになっていると思いますね。いろいろとあの時はお世話になったと、私はいつもこんなにこの話を致しますから、恐らく子供も孫にもこんな話はつとまると思います。何か、何かの時にはこれに報いなければ居られないとそういう切実なものがです、いわゆる天地の大恩に話を聞けばわかります。天地の御恩恵なくば、私共が生きて行かれないことも、云わば頭の上で知っています。話を聞けばそれもそうだなあと、自分で生きとるごと思うとるけど、成程それは生かされて生きておるのだなということがわかります。けれども実感としてです、私が樺目の井上さん所に対する思いと云った、そういう切実さがない、神恩報謝というものが天地に対して強くなれば強くなるほど、本当の信心生活ができると思います。もう日々がその神恩または御恩恵の中にあるのですから、その事が分かればです、日々が勿体ないことだ、有り難い事だと、なるのですから成程そういう信心がわかったら、成程子孫にも続き、身代も出来ることであろう、成程一年勝り代勝りのおかげを受けられるということを思います。わかるというのじゃないです。

  昨日、御祈念後御皆さん帰られてから、若先生がここえ出てまいりましてね、なんというですかね、信心の空しさとゆうものを感じだした感じです。信心のいろんな、難かしいことも、詳しいことも、大体、頭のうえでわかったし、又日々のこうゆう、有難いおかげの中にひたっているのですから、ですから、自分の、例えば、人に聞いてもらう話でもです、非常に空しさを感じる、自分のものでもないものを自分のもののように話しておるとゆうこと、若先生からよかお話を頂いて、おかげを頂いたと、云う人達も段々に出てくる様になる、というて伝えている自分が知っておるから、話をね、道理を知っておるから、その道理を伝えておるけれども果たして自分のものになっていないことに気がついて口を開けば我情であり、口を開けば我欲が中にあることに感じ出した、有り難い事だなあ尊い事と私は思わせて頂く、だから僕しばらくお話をするということを止めたい、まあ云うなら止めたいというより慎みたい、それで実は二十三日の月例祭の後の御説教を若先生がいつも担当致しますけれども、今夜の御説教も御無礼するとこう云う、それはまあ有り難い事に気付かせて頂いたと、そしていよいよ自分の内容を確かめ確かめ信心を進めていこうというわけです。
  自分がかりにこう云おうと思うとる、果たして我情はないか、我欲はないかと確かめてみたい。例えば、お早うございますの挨拶ひとつでも、その挨拶の中に無条件の挨拶が出来ておるかどうか、その中にいろんな条件があったり又は自分でも不純なものがあったり、嗚呼あの人はなかなか利口な人じゃもう顔を見るとすぐ向こうからお早ようと、云われる、挨拶をされるという人から云うならば思われたい、又は何かと人間関係の上にスム-ズに行くから、為にお早うございますひとつも云うて居ると云うことになると、やっぱりそこに引っかかりますね。まあそういうような意味のことを云うたのではないでしょうか。本気でひとつ黙ってみよう、そしてそこんところを確かめて見ようと云うことですね。昨日から今日に又その修行をする事でしょうからその事を今朝の御祈念に、お届けをさせて貰った、zそしたら何というですかプラモデルと云いますか、例えば汽車なら汽車を作った、見事な汽車、プラモデルの汽車を御心眼に頂いた。

  これは若先生が、しっかりそれに取り組んで自分の云おうとすること、又は、話そうとすること、人に伝えようとすることの中にです、自分の信心とは矛盾するもの、云うて居るけれどもそれは、自分の我情我欲が混じっておりったりするようなことよ、分かれよ、というてくださるけれど、私どもがしておること、成しておることに、いつも、我情があり、我欲があるとゆう、いわゆる我が入っておるとゆうことを、もう、その時は、そうでなくても、後で考がえて、それを思うとき、最近は、親先生から、その事を指摘されて、云われてみて初めて、成程、あの時には、嗚呼ゆう我があったなとゆうことに気がついて、私が先日話しました、庭中に苔を植えました、話をしました、あの時は、もう、親先生が喜んでくださる、もう、悪かれがしとは思いません、もちろん良かれかしと一生懸命にさせて頂いたことが、もう、末永さんが要らんことをするもんじゃけん、庭がきたのうなってしもうた、と私が言うわけ、わたしの部屋の前の蘇鉄の庭には気がついて、私がとうとう全部とらせてしもうた。  客殿の庭の前のところに、大きな石の周囲に植えようとしておるときも、私が寸前に行ったから、そこには植えちゃいけんばいと、云うて私が植えさせなかった。
  そして、それから、何ヵ月かたった今日、それがとても、みぐるしゅうなった。それが、よかとこもありゃ、深く植えてよかとこもありゃ、みぐるしゅうなったところも、いくらもある、まあ、それを親先生から云われてからですね、本当にあの時、よかれかしというて、したことが私の我がいっぱいあったゆうことに気がつかせて頂いた、もう、一事が万事にそうなんだ。

  若先生が云うて居ることと、末永さんが、云うて居ることを、対照して考えてみて、若先生はどうゆう事かと云うと、手を駒ぬいて、頭で考えようとして居る、本当の我情我欲を取ろうとして居ることです、頭の体操にはいいのかしらんけれども、それはどこまでも、プラモデルものしか頂けないしわからない、それはよし、後で考えて、見て、我情であろうが、我欲であろうがよかれかしというてした事、思うたこと、そして、後で考えて、嗚呼自分の我情が入っていた、我欲が入っていたことは、詫びたら良い。
  やはり、そこんところを、繰り返しくり返し、おかげを頂いておるうちにです、することなすことの中にです、自分の我情が入っていないか、我欲が入っていないかということです。実際それこそズ-から行かなければ、お道の信心はわからない。
  私は例えそれが我情があっても我欲があってもです、その人が助かるおかげを受けたというまた助かることを目的としておる、けれども自分の我情も我欲も入っておってもです、後で気がついたら嗚呼、こう云うお取次ちゃ本当に相すまん事ぢゃなと、云うことを詫びて、より我情のない我欲のない生き方というものを身につけていかなければ駄目、云うなら末永さんの行き方、末永先生の行き方、よかれかしと思うたら、人から見たらもう本当にあの人は穢か汚かと思われる位、いつもそれは実際に行ってこそ信心だ、所詮ピンからキリ迄なんだから信心は、そして結果に於いてかえって迷惑してござるというような答えが出されたときにです、なるほど我情であったな我欲であったなと気付かせてもろうて、これからする時にはもっとましな、もうこれは触らぬ神に祟りなし、もうせんが一番よか、もうそう云う生き方がいちばんつまらんです。お道の信心は、自分の精進努力が結果に於いて、それがどうなるかわからんけれども、云うならその時点で、こう云う風にすることが本当だということが、やはり神様にお願いしながら、金光様唱えながらさせて頂くという、そういう修行がですなされなければいけません。

  天地の大恩がね、頭で分かっただけでは、はあ、有難いと思ったけれども、有難いと言うておるか知らんけれども、有難いとゆう心が、報謝の心になって現れてこなければ、知らんともあまりかわらんです。

  私が、樺目の井上さんのところの、いわゆる、二十数年前に、何把かの割木を分けてもらった、その時に、心よう、さあどうぞというて分けてくださった、事をです、今に思うんです、祈るんです、そして、何か、私のお返しの出来ることが、これは、本当に、これは、お返ししなければ、とゆう気持でいっぱいです。
  そうゆう実感がですね天地に対して出来る、神様に対して出来る、そうゆう生活を、神恩報謝の生活というのじゃなかろうか、そうしなければおられないものが、いつも、これの中にあるのだ。だから、頭で分かった、本当に、今日もお生かしのおかげを頂いて、神様のおかげならこそ、生かされている喜びをです、有難いというて居るけれども、云うておるだけではできん、それで、本当に、報いなければ出来ないのだと、ゆう気が出来た時だけが、神の御恩が、分かった時である、天地の大恩が分かった時であるとおもいます。
 私どもが、こうやって、御恩を被っておる、本当に、昨日も、久留米のある御信者さん方が、三人ずれで、お礼参拝してきた。先生、本当に、お世辞でもなんでも無いばってんか、というて、その方が云われる。この前、御神新米を頂いたとき、その、三人の方の一人が、金光様の、ない、いただくのが。まるで、デパートの包み紙のごたる、もう、宣伝文句が、いっぱい書いてある、はあ、いついつは、お祭りで、どうゆう、行事があって、そして、もう、いわゆる、嗚呼、そげんいいなさりゃ、私は、昨日、あるところの教会に参らせていただいたら、こうゆうね御神米を頂いて帰ったが、教訓を書いてから、裏にたくさん、教会の宣伝文句が書いてある、なるほど、教会のごとあるけれども、そして、その裏には、抜け目もない、行事が、
  ところが、合楽のは、ただ、御神米と、あの、金光様のお書き下げが、石版刷りだけです、もう、本当にね、助かりますと、こう、言う、そしてこうゆう、御神米の紙も、いただいた後に、取らせていただいております。
  ここで、御神米をいただくことが楽しみ、先生お世辞じゃない、本当にここの御神米は、有難いですよ、本当に、有難いですもんね、私も、実は、昨日、私は、御神紙であった、繁雄さんと、二人お風呂に入って、ここに、御神米をはとった、上からテープを、とれんように、はっとったのが、お風呂でとれた、絆創膏の、あれに、ぴったりひっついてしまっったのに、私はとつて、きれいに水で洗って、洗って。
  繁雄さん、これは、後から焼いといてください、と言うて、あげたけど、その時、私は、胸が焼けよった、ちよっと、繁雄さんね、それはいただこうと、胸が、焼けよるけん頂こうと言うて頂いたら、頂いた途端おかげを頂いたお話をした。

昨日と一昨日は、この樺目の中島さんの郷里が東京からずっと向かいの、北の方にあります。お母さんが危篤という電報が来た。それであれやらこれやら準備をさせて頂いて夫婦で飛行機で東京まで行かせて頂いて、東京から先は雪で、大雪で、もうそれこそ乗ったり歩いたりしてもうその翌日の夕方についた。
  そして有難いことにはね、もう意識不明で、もう死んでるような状態でおありになった。でもお礼の電話が掛かってきて、その電話の様子では、もう行ってからすぐ御神米を頂かしてもらった。そしてそれを頂いた、ごくっと飲み下した。そしたらねパッと目を開けられた。そして初めてなんです。ご主人は勇三といいますが、勇三の嫁ですよ、重子ですよと呼んだらパッチリ目を開けてしげしげとこう眺められた。そして二時間後に亡くなられると医者は言うとられますと、言うて電話でございます。
  御神米の御威徳というものは有難いねというて、いわゆる御神米が有難い有難いと云はれるからその有難い話をさせて頂きました。そしてね、ならこの御神米が、これは金光様のお書き下げの石版刷りでございます。ある方がおそらくは何日いつまでもお供えされるだろうか、ズ-とお供えし続けておられる。内でつくった、考えたのではないのです、だからこの御神米の包装しておる包装紙も神様のお下がりだから合楽教会どうのち、勿体のうして書かれんと言う気がする。
  だからここには御神米だけしか書いてありませんです、ああそうでしょう、その御神紙そのものが有難いですねと、また事実ここでは、御神紙でおかげを頂いとる人がたくさんあります。このビニ-ル袋もやっぱりそうですよ、秋永先生があの大怪我をして入院した時に私がお見舞に行った、ところが非常にその先生が信心に神様を信じておられる、先生らしかった。ところが私が行ったときに問診に回って見えた、そして枕の下やら、懐中にやら御神米を入れてありますように、指摘されて、先生この御神米は大変ありがたいもったいものでありますが、これはビニ-ルの袋に入れられたらどうですかというて言われた。私は本当に初めて気がつかせて頂いた。ああ本当にそうだなぁと思うてその話をした。そしたらそれを久留米の佐田さんが聞きよって、ああ、そんなとは家に、たくさん何か入れるときにね作ったのがありますから持ってきましょうと、言われるのが、今使っているビニールものです、由来とゆうのは。
  それがなくなれば、次々とお供えされる、今の御神紙のほうも、鳥栖の上野さんが、度々お供えなさる、もう、ここんところのは、何から何まで神様が、そうした御神徳の中にあるのだから、おかげを頂くよと、昨日言われました。

  だからね天地の御神徳と申しますか、神の神徳と言うか、神様の御神徳とゆうものに、ふれなければ、天地の恩徳が分かっただけではいけない、天地の御理解の中にも、御神訓、そのことを申しましたですね、神の神徳を知らないから、怖いことだと言っておられます。、神の徳が分かることがありがたいと分かると同時に、怖いことなんだ、そんな、こもごもとしたことを思わせて頂いておりましたら、このお広前に、ずーっとしめ縄が張り巡らしてあるところを頂きました。私が申しましたように、ここの例えば、隅々、このお広前のすべて、神様のおかげで、もちろん立っております。けれども、これが、私の信心が出来とるから、私の信心が行き届いておるから、このように、行き届いた、いうならば、設備でも出来るんたとゆうことですね、例えば、寒修行が始まってから、四時の御祈念から、五時の御祈念になる、私が、ただ、神様一心に御祈念させてもろうて、ちょうどね終わったときが、一時間だと、ここに座って一番目に時計を見る、。ははあ、間違いなかったなと思うときもある、思わないときもある
  これは、私の信心のお徳がこんなに、一分一厘間違い無いんだと、ゆうふうに考えるときもある、かと思うと、これは、神様のご都合だと、神様が只下さっておるものだと、私の信心がとても、そうゆうことじゃないんだと、昨日そのことの例を申しましたね、
  例えば私のために天地が自由になって下さる。今日は天気のおかげを頂かねばと祈ったら、必ずお天気のおかげを下さる。大坪総一郎が言うことを天地の親神様がお聞き届け下さる。間違いないだろうという意味のことをいう時もある、かというていっぺんひとたびですか、降ってならぬときに降ったと致しますと、私はもうその時々、ス-ッと自分の信心を一番はじめの何にも頂いてなかった時の、いうならば時のことに私の信心がいうならば地にひれ伏すということが有難い、こうやって間違いのないおかげを下さってあるのは、神様のどこまでもご都合であって、こうやって頂いておるけれども頂いておるのじゃない、神様のご都合で言うなら一種の借し物、借り物なんだ。それに対して、不浄が掛かったり、お粗末御無礼があったりするようなことがあってはならないというので、今日は私はそれで注連縁、言うなら祓い給え清め給えと言うね、先日から金光様のお言葉を借りるとそういう思いで、ならおかげの一切を頂かねばならん。

  私の信心とゆうものは、こんなに大体ね、言うなら、何にもできない私とゆうことを、例えば、天地のことに、天候のことにです、もしそこに間違ったことになってきますとです、自分の、このくらいの信心、おかげしか頂ききらんのだと、ストーッと自分を落として行けれる、それを親鸞的な信心だと私は申しました。
  自分が、日本一の大悪人だと、ゆうような、自覚に立たしてもらって、屑の子吾とゆう自覚に立たせてもらう、それを頂いておるおかげが、どんなに華やかな、おかげであっても、それは、神様のご都合なのだと、そして、例えば、日蓮の信心だと思うのですが、それこそ、佐渡に渡られる日蓮が、大変海が荒れた、今自分が、佐渡に行こうとしておる、海が荒れてよかろうはずがない、と天に向かって、南妙法蓮華経、と書いた。瞬間流れが折り合ってね、今まで荒れた海が静まったといわれる程しの、自分と結うものを、最高のところにおいておる。

  教祖様の場合でも、そうですね、自分を、生神金光大神として評価された、かと思うと、百姓で何もわからんと、その辺のところが金光様の、何ともいえんよかところと思うのです
  私はいつもです、今日只今はです、実際を言うと、私はほんな、地に叩きつけられたような思いをしておるときですから、大地にひれ伏した気持ちが致します、ですから、こうしていただいておるものでも、自分のものではない借り物だと結うことを思います。ははあ、こうゆう思いが、これに不浄がかからんように神様がしめ縄を張り巡らしてあるんだなと今朝から感じ取らせていただいた。
  そのようにして、なら、私どもがいよいよ、まことの神徳を分からしてもらい、神徳にふれ、頂かせてもらうおかげを頂かなければ、如何に天地の大恩を聞いても、なるほど、有難いなあ、お生かしのおかげを頂いてありがたいと思うけれども、その生かされておる命をです、如何にして天地に報いるとゆうことが、なされないとするならです、それは頭で分かっているだけだとゆうこと、ああ、もうおかげ頂いております、とても、本当におかげ頂いておりますというても、それに報いる心が切でないならばです、それは、頭で分かっているだけだと、只、口先だけで、有難い、有難いと、言うておるだけだと、そうゆう、例えば、分かり方では、子孫にも続くとゆうような、一年勝り代勝りのおかげの約束はない。

  神の大恩を知れば、子孫も続き身代もでき、一年勝り代勝りのおかげを頂だけるような、信心というか、頂き方というか、分かり方とゆうものが、私が、樺目の井上さんのところに何十年過っている今日です、これは、いつかではない、本当に、私でできることでもしあったならば、これに報いなければならないと、これは実感として、祈りの中にある、また、感じておるとゆう、こうゆう実感がね、神様に対して、天地に対して、出来るようなおかげを頂くためには、もうそれこそ、ずからはまっての修行でなからなければ出来ることではない。
  我情じゃない、我欲じゃない、と思うて、とにかくよかれかし、親先生が喜びなさるように、と思うて、苔も取ってきた、苔も植えた、ところが結果においては、親先生から、こげなことしてから、とゆう結果になったけれども、本当に考えてみると、親先生が言われるとうり、あれは私の我であ本当にです、それが動いて、自分も人も、それに乗れることが、ほどしのものに頂かなければ、神徳を見ただけでは、頭でわかったらですよ、腕こまぬいて、考えて、考えて、言うならね哲学的なものは身に付くか知れませんけれども、神の神徳に触れることは出来ません。

  その、神の神徳に触れたときに、自分の心というか、場合には、生神金光大神に成り済ましたような、おかげの状態を感ずることがある。、有る場合には、もう、いよいよ、吾屑の子ということが自覚、吾、生神金光大神という喜びの中に浸っている、そんなら、吾屑の子とゆう事が分かったときにです、こうゆう例えば、こうゆう恥ずかしい思いをしたとたんに、自分とゆうものが、本とにねこのくらいの自分とゆう事が分かつた時ににです、天地にひれ伏したときにです、本当に、お道の信心ちゃ有難いな、とても、腹の立つ段じゃない、自分とゆうものをギリギリ見極めるチャンスを、神様が与えてくださったんだと分かるとこから沸いてくる喜び、どちらにしても喜び、そうゆう私は、月並祭のあとに、皆さんに聞いて頂いたことは、お互いがね、揺るぎのない信心をして、頂きたいとゆうことでした。
  どのような場合であつても、揺るぎのない信心、これほど信心するのに、という、何か、困った事が起こってくると、もう信心がおろそかになったり、私の信心が立派だから、こうゆうおかげが頂けれる、と言うて、有頂天になつたり、ただ、有難い有難いと言うて、感謝の心も起きてこない程度の有難いは本物じゃない、それでは、いつか必ず揺るぎが来る。
  揺るぎのない信心とは、だから、最高のおかげを頂いたときには、その報謝の心が湧いてきます。それかと言うて、もうそれこそ、地に叩きつけられるようなことでも、初めて、自分とゆうものを発見した喜び、いよいよ自分とゆうものが分かった、ぎりぎりの自分とゆうものは、こうゆう、言うならば、屑の子であったとゆうことが分からせてもらうところから、言うならば、信心のもう根本的なところからです、又、新たな信心を頂かれる事が有り難い、
  だから、上に言っても、下に言っても、有難いとゆうものがついて回るとゆう信心がです、でなからなければ、揺るぎのない信心とはいえない。
  それならば、神もありがたいと思うてくださる、降ったときにはありがたい、照ったときには困ったとゆうことではなくて、もう、降っても有難い、照っても有難い、ただ、口だけで有難いのじゃない、その有難いと思うた事が、次の働きに移って行けれる内容、そのご恩に報い奉らなければおかんとゆう心が生まれてこそ、初めて、神恩報謝の生活ができる。
  そうゆう信心が身に付いたとき、初めて、一年勝り、代勝りで有り、子孫も続き、身代も出来であり、代勝りのおかげが受けられる。
  又、神の大恩を知れば、そうゆうおかげが受けられる、と仰せられるのですから、頭で知るという、ずから分かる、体で分かる、そこに、信心修行の焦点がおかれなければならないと思うですね、どうぞ。